島袋勝弥博士
大学院で生命科学の研究をしていた22歳の時に網膜色素変性症の診断を受けた。顕微鏡を使う研究だったが、当時は視野がある程度残っていたので、そのまま研究を続け博士号を取得。アメリカの大学で6年間の研究生活を経て帰国。民間企業の障害者枠で就職を目指すも自分に合った仕事が見つからず、工業高等専門学校の人員募集に一般枠で応募して教職についた。現在は学生に顕微鏡の使い方を指導しながら研究を続けている。
島袋勝弥(しまぶくろ かつや) 宇部工業高等専門学校物質工学科・准教授(2024年12月現在)
専門領域:生物物理学、細胞生物学
学位:2004年東京工業大学大学院生命理工学研究科博士課程修了
インタビュー時年齢:43歳(2020年8月)
障害の内容:視覚障害(弱視)
関連情報URL:https://sites.google.com/site/shimabukurolab/
学位:2004年東京工業大学大学院生命理工学研究科博士課程修了
インタビュー時年齢:43歳(2020年8月)
障害の内容:視覚障害(弱視)
関連情報URL:https://sites.google.com/site/shimabukurolab/
- 困ってきたこと
- 高校時代には視覚に異常があるという一定の自覚はあり、22歳で診断を受けるに至った。しかし、大学院時代はまだ症状があまり進行しておらず、顕微鏡にサンプルを置くといった作業で手間取ることはあったものの、実験作業はひとりで行うものだったため、周囲には隠すことができた。しかし、病気があるところまで進行すると、自分の視覚の状態に向き合うことがもはや避けられなくなり、精神的に追い詰められて、仕事を辞めなければならないと考えるようになった。
- 対応・工夫
-
視覚障害の当事者団体に連絡してみた結果、自分と同じ病気を持ちながら研究を行っている人たちがいることがわかった。同じ障害を持つ人たちからのアドバイスに従って、専門的なリハビリを受けることにした。その後、復職するときに、自分の障害に関する情報を全教職員に共有した。これにより、困難やニーズに周囲が注意を払い、理解してくれるようになり、働き続けられそうだという自信が徐々に戻ってきた。
顕微鏡を用いる研究を行ってきたが、視力が損なわれてからは、画像を自分で見て理解することは放棄した。代わりに、学生に指示を出して顕微鏡を操作させ、得られた視覚情報を言葉で伝達させている。そのほうが早いし、学生の理解が深まるという利点もある。