Disabled in STEMM

本田充博士インタビュー 字幕テキスト

ご自身のご病気について教えてください

本田博士:私は、筋ジストロフィーという骨格筋の筋力が落ちる病気でして、その中のいろいろタイプがあるんですけど、そのうちの顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、英語で略してFSHDというふうな名前の病気です。診断がきちんとされたのは、中学の2年生の冬になります。その時点で、例えば、肩の周りの筋肉が弱い、腕の力が弱いといった症状が出てたんですけども、振り返ってみると、症状は小学生の高学年ぐらいからじわじわと出ていたのかな。現在はですね、筋肉の幾つか、例えば足とか腹筋とかいろいろ、全部じゃないんですけど、いろんな体の部位が、筋力が落ちてきまして、かろうじて今、歩けるという感じです。走ったりはもちろんできない。階段も上れない。上ったり下りたりってのが、まあ下りるのは手すりがあれば何とかできるっていうレベルで。そうですね、椅子から立ち上がるのも、椅子の高さによっては自分ではできないので、低い椅子に座ってしまった場合は、例えば、近くにいる人に引っ張ってもらって立つとか、そういうことだったり。あと、時々なんですけども、足首の筋肉が弱くて、足首を上げる筋肉、つま先を上げる筋肉が弱いので、時々、歩いててつまずいてしまうことがあって、そうすると、そのまま倒れて転んでしまうんですけども、そうするとですね、立ち上がるってのも自分ではできないので、そういうときは、近くにいる人なり、誰かが通ったときに、後ろから抱きかかえ上げてもらって立ち上がるというような、そういうことが必要になります。ただ、そういう状況なんですけども、なんか、補助器具というのをいまのところ使ったりはしていなくて、その場その場で人の力を借りて何とか乗り越えると、そういう感じになります。あと、重い荷物を持ち上げるとか、そういうのがやっぱり難しいので、そういう自分でできないことはもう人に助けてもらうという、まあ、基本、人頼みっていうところで、何とかやっているということになります。

ご自身の研究テーマについて教えてください

本田博士:私自身は、自分自身が筋ジストロフィーという筋肉の病気でして、そこがやっぱりモチベーションで、その筋肉の病気が、ほんとに、どうして病気になるのかという、病気になる仕組みというものを、まだ分かってないことを、研究で明らかにしたい。それを起点にして、治療法につながるようなことが見つけられればということで、そういう病気の理解をすること、それから、その理解した上で、それを、何かしらその治療法を見つけられないかというふうに、応用研究と、それを軸にやっております。

で、どういう方法でやるかなんですけども、主に培養細胞、細胞を使う実験をやる生命科学の分野ってことになるんですけども。特にですね、僕の病気の場合は、ヒトにしかないような遺伝情報、いわゆるゲノムという遺伝子を情報たくさん持ってるDNAがあるんですけど、そのうちのほんとにヒトに特徴的な部分があって、そこの異常なんで、実験動物、いわゆるあのマウスとか、そういうのではどうしても研究に限界がある、そういう病気なので、ヒトの、特に患者の細胞を使って研究をするってとこがポイントになってくるんですけども、特に患者の細胞を使うというので、近年非常に盛り上がっているiPS細胞、患者由来のiPS細胞を使って、その患者で起きている異常というものを明らかにするっていうようなスタイルの研究を、普段行っております。

インタビュアー:大学進学を考えられたときには、もう既にご自分に何か関わることをしたいというふうに思ってらっしゃいましたか、ご病気に関わることを。

本田博士:実はですね、元々は、研究をしたいっていう考えは高校生とかまでなくてですね、むしろ、もうちょっと現実的な、バリアフリーとか、そういう方面で何か自分はやれることあるかなみたいなこともざっくりと考えてまして、実は、生物の授業、今やってるような研究に関わるような、基礎になるそういう科目ってのは、全然、実は、勉強してなかったんですね。大学に入ってから、必修で生命科学を勉強する必要があって、そのときに初めて、真面目に、今やってるDNAとか細胞とか、そういうものを真面目に勉強して、むしろ、こういうことを何かベースに研究の分野に進むほうが、自分の病気を理解できるし、まあそういう病気の研究ができるような、そういう道があるっていうのに気付いたという感じで、実は、元々はあんまり研究者になろうっていうふうな発想は、高校生ぐらいの当時はなかったっていう感じになります。

研究を続けるうえでの困難やそれを乗り越える工夫について教えてください

本田博士:例えばなんですけど、僕の場合でしたら、動物を扱うっていうのが結構ハードルが高いというか、実際、今まで、動物を自分で直接扱うことはしないできたんですけども。今、結構、動物施設とかの実験設備が、いろいろ制約というか、入るまでの、その実験設備に入るいろんなステップがあって、施設に入るのにいろんな服を着たりとか、まあ安全上の。そこら辺を結構、毎日、そういうとこに出入りする、それがかなり大変で。あと、マウスを飼っている動物施設内も、かごが、棚があって、その上から下まであって、それの管理とか、そういうのも、結構、体力を使う。まあ、やっぱり研究って、結構、体力面が実は重要で。実験も、例えば、ひとついい感じの結果が出たとして、それを繰り返しやって同じことが起きるかどうか、いわゆる再現性、そういうのをきちんと統計学的に意味があるところまでやらなくちゃいけない。そうなってくると、やっぱり、同じ作業を何回もやるとか、そういうのが必ずどっかで必要になってくるんですけど、それがどうしても、やっぱり腕力もいろいろ落ちて、細胞を扱うにしても、結構、肩から先の動作をすごく行うので、人よりスピードも遅いし、どうしても物理的にできる作業量に限界があるという。そういうのは、今でもなんですけど、かなり葛藤してて。

ただ、そういう日々の活動量の限界っていうのはどうしてもあるんですけども、あとはですね、僕自身が筋肉の病気で筋肉の研究してるってところが、その研究の方向性とか、どういうことをすれば本当に意味があるのかとか、そういう、本質的にどうすればいいのかっていうことを考えるときに、第三者である、病気に関して基本的に第三者である研究者っていう視点からだけだと、どうしても気付けない部分っていうのが、自分の場合は、患者目線とか、実際自分に症状があって、かつ、自分だけじゃなくて、自分が患者であるので、患者の知り合いが、同じ病気の知り合いがいるんですけど、そういう人たちと話してて、この病気に多分、共通してこういうことがあるんだろうなみたいなのを、そういうのを実感しながら考えるので、なんか見落としがちなその視点、患者のその視点から、何か研究テーマをひねり出すみたいな、そういう感じの頭の使い方は、やっぱり第三者として関わってる研究者に比べると、有利というか、もちろん、そういう視点を生かした研究をどうするかっていうのを常に考えるっていうふうにして、やることができてます。

病気の当事者が研究をすることにはどんなメリットがありますか?

本田博士:やっぱり、その、さっき、研究するときに患者の視点をきちんと生かした研究の方向性が考えられるっていうのが、意外と、別にそれは第三者でもそんなに難しいことではないような気はしてたんですけど、結構、現行のそういういろんな研究見てると、僕の病気に限らずなんですけど、なんか、ひとまずできることをやるっていうスタンスでやってる研究が、多分、多いんですよね。かなり研究って競争もあるし、なんか技術をとりあえず使って、なんかとりあえずやれることをどんどんやってくみたいな。それで、他のグループよりも早く研究成果を出すとか、そういうふうな感じのところがどうしてもあって。意外と、そういう、ほんとに、例えば、なんか治療法を研究してなんか成果が出たって、それで発表されてる研究あるし、論文とかでも、こういうことが分かってこれは治療に生かせるかもしれないみたいな、結論にそういうことが書いてあったりするんですけど、ほんとにそうなのかなって、とりあえず定型文として、締めの言葉として使ってるような、なんかそういう論文、研究って結構あって、とりあえずそういう結果が出たからそういうふうにまとめ上げたっていう、なんかそういうのが見えてくるんですね。それもそれで、もちろん何かの役に立つとは思うんですけど、それだと多分、ほんとに、例えば、治療の研究するんだったらそれが患者に届くかどうか分からないし、例えば、実は、そういうの、なんかこれ治療に使えるかもしれないっていうのが分かったっていっても、それを実際やるとして、すごいデメリットがたくさんあるっていうのは、ちょっと考えると分かる、そこを抑えると別のところも、普通に考えたら、なんか影響出て悪いことになりそうだなみたいな、だから、絶対、それ治療にするには厳しいだろうなみたいな、そういうのを読んでて分かるんですけど、結局、治療を受けるのは患者で、研究者としてはこういうことを見つけたから治療につながるかもしれないって、そういう意識で書いてるんですけど、やっぱそこ、ちょっと結構、乖離があるというか、研究者と患者の間に距離があって。もちろんそれは、もちろん重要なんですけど、自分がやるなら、やっぱり、そういう結論、そういうふうになるような研究じゃなくて、ほんとに、治療の研究するなら、ちゃんと使えるし、いわゆるデメリットみたいなのまでちゃんと見据えて、そういうのが無いものを見つけていきたいっていうふうに、やっぱり思うんで、そういう方向性を整えるのには、患者で、実際に自分が患者であって、自分に例えば使われるかもしれないって思ったときに、ちゃんと考えることができるのかなというふうには思います。

あと、そうですね、患者としても、結構、患者は研究者に、研究者じゃない、研究に対して、かなり期待してる、もちろん期待してるんですけど、その期待ってのが、結構漠然としている場合が話してて多くて。実際、研究の話を、例えば何かの機会で、聞く機会があっても、どうしてもなんか難しいというか、分からないっていう、分かんないけど何かすごいことやってんのかなって、で、実際にはいつそうなんのかなって、具体的なイメージがあんまり残らないで終わってしまうようなこともあると思うんですけど、僕はたまたまそういう患者の人に対して、今、この分野でどういう研究があるかってのを説明するような発表の機会が、能動的にセッティングしてとかっていうことはないんですけど、なんだかんだで1年に1回ぐらいは、そうやって自分と同じ病気の人に対して、今の研究の状況とかを説明する機会があるんで、そういうとき、できる限り分かりやすく、かつ、分かりやすくするとどうしても詳細を端折って正確性に欠けてくるんですけど、そこは、そこの正確性欠いたら、もうそれでやっぱり嘘ついてることになっちゃうんで、分かりやすく、かつ、最終的に患者の人が理解する範囲において正確になるように、ちゃんとある程度分かったっていう感覚が残るような形でどう伝えるかっていうのを、考えながら一応やるんですけど、聞いてくださった方々には、一応、それなりの感想いただけてるので、そういうこと、やっぱりどうしても研究オンリーで来てる研究者って、そこら辺の感覚ないのかなっていう場合も結構あるので、自分ができることをやれてるのかなっていうふうには思ってます。

大学進学や就職を目指す障害をもつ若い人たちにメッセージをお願いします

本田博士:一言で言うと、もう考え過ぎないってことです。もし、やりたいっていうふうに気持ちがあるのであれば、もう、まず一度、例えば、コンタクト取るなり、既にそういう場所に行ける環境であるなら、もう迷わずに、1回行くって意思表示をすることじゃないかなと。いま、世の中的に結構、なんだかんだで、配慮するっていうのをちゃんと考えてくれるようになる流れはあるので、こっちがやりたいって言ったら、やらざるを得ない感じにもなってくると思うんですよね。だから、最初に自分で、多分、僕もそういう人間だったんですけど、最初にまず懸案事項をたくさん考えるんです。なんかいろいろ調べたりして、こういうハードルがこんだけあるとかないとか、いろいろ理詰めで考えて、こんな問題がいろいろあるっていうふうに考えてって、そういうプロセスも、多分、まあ重要なんですけど、それをやると、やっぱりどうしてもネガティブな方向に結論を導くような感じになってしまうことが多いんですね。でも、例えば、これは研究じゃないところでなんですけど、海外旅行、結構、無茶な場所に行くのが実は趣味なんですけど、そういうときに、バリアフリーじゃない場所、もうバリアフリーとかけ離れたような場所に行くこともあったりしたんですけど、そういうとき、いろいろ一応下調べするんですけど、結局、分かんないんですよね。でも、そこで分かんないからっていって諦めてたら、その場所には行けずに終わる。でも、実際行ってみると、そこで、例えば、そういうとこにも必ず人が生活してて、別に、普通に健康な人とかもいて、力持ちの人もいて、そういうところでそういう人たちがこっちの状況を見れば、それで助けが必要だっていって、しかも、その人、それを助けなければ、自分はそこで、なんかどうしようもない、そんなことはあり得ないわけで、例えば、階段上れないのに上れないままそこに人を放置するようなことは、やっぱ周りの人もできないですよね。だから、せざるを得ないし、しかも、それでいて、ただ助けてもらうの待ってるのじゃなく、こっち側も努力して助けてもらうって意思表示をして、かつ、ちゃんと感謝の気持ちを伝えたりとか、そういうコミュニケーションをきちんと取れるようになっていけば、必ず助けてもらうっていうことができるんですよね。人間、誰かができることで、健康な人ができることができなくて困ってることがいくつかこういう障害者にはあるんですけど、できる人がどっかにいるんですよね。だから、それをサポートしてもらうってことが重要なので、だから、それは、多分、その場に行けば大体のことは実は解決できるっていう。いろいろすごい悩んでたんだけど、いろいろリストアップして、懸念事項考えて、これは多分自分にはできないっていうふうに、自分ひとりだと考えてたんですけど、実際、その場に行ってみると、とりあえず体力的に問題ない人もその周りにいて、そういう人たちに適切に助けてもらうように、意思表示をして、やってもらえば、割と、なんか、いろいろハード面ももちろん大切なんですけど、そういう、人に助けてもらうっていうのを自然な形でできるように、自分からコミュニケーション能力を身に付けていけば、それで結構な問題は解決していけるんですね。だから、あんまり深くそういう問題を、不安を考え過ぎずに、一度その場に行ってみるっていうのをしてみるのがいい、と僕は思います。だから、変に考え過ぎない、それが、一言で言うならそれですね。変に考えずにその場に飛び込む。そういうことです。